壁画の世界に大型インクジェットプリンターが台頭
2000年当たりを境に大型インクジェットプリンターが普及し始め、それまで大型の絵やビジュアル看板は手描きだけに頼っていた時代から一変しました。
この10年で街中には、大型インクジェットプリンターで出力されたビジュアルがひしめき合っています。
逆に、手描きの壁画や手描きの大型看板はなかなかお目にかかれなくなり希少な存在となっています。
大型インクジェットプリンターがもたらしたもの
大型インクジェットプリンターの登場は、いくつかの大きな技術革新をもたらしました。
- 従来の大量印刷から1枚単位でオンデマンド印刷が可能になった。
- 幅広縦長シート出力が可能になり、それをつなぎ合わせることで大型のビジュアルを再現できるようになった。
- デジタルデータのため、その都度色やサイズを編集して出力ができる。
- 紙や塩ビフィルム、クロスなど様々なメディアに出力が可能で、多面的な展開が可能になった。
それは、印刷業界はもちろん、壁画業界にも大きなインパクトをもたらしました。
壁画業界にとっての脅威は、
- 完全原稿(データ)があるものであれば、高度な技術を必要とせず「早く」「安く」出力から施工までを実現できるようになった。
- 看板やパネル画、クロス画など平面的な絵や模写するだけの仕事がなくなった。
つまり、描きやすい平面に描く仕事や模写するだけの単純な仕事は、大型インクジェットプリンターにとって代わられました。
大型インクジェットプリンターは万能ではない
ただ、「簡単」「便利」「早い」「安い」という特性から一見大型インクジェットプリンターが万能だと思われそうですが、実は弱点もあります。
- シートに出力するという特性から、凹凸のある壁や3次曲面には貼れない。
- フィルムやシートが接着しない素材には施工できない。
- プールやサウナなど水中や高温多湿の箇所では、水の浸透による剥離の恐れがあるため施工できない。
- 壁の材質をシートで隠してしまうため、壁の質感を生かせない。
- 建物の障害物などは実測が困難なため、ジャストフィットが難しい。
- 事前出力のため、現場でのアドリブや調整はできない。
- プリントという特性上、絵のタッチや風合いなどの味が表現できない。
- 複製品(コピー)のため、何枚でも同じものを再生できる反面、作品性はなく安っぽさは否めない。
などです。
手描きの壁画の特長
一番の違いは、何枚でも複製可能な印刷物ではなく、現場に合わせて現場で制作する完全オーダーメイドつまり手作りの一点ものだということです。
- 写真のように平滑な印刷物に比べ、絵の具(塗料)が何層にも重なり、筆跡から作者の熱や息づかいまで伝わってきます。正に生き物です。
- 壁の素材や形状、表面の凹凸に関わらず、どんな場所にでも直接絵の具(塗料)で描けます。
- フィルムなどの中間材を使用しないので、壁の独特な質感をそのまま生かせます。
- フィルムを貼ることのできない3次曲面や複雑な形の物体にも描くことができます。
- ひとつの絵を、カーテンやガラス、壁、レンガなど異なる素材にまたがって描くことができます。
- 建物の形状や障害物、周囲の環境までも味方につけて、高度なアドリブでクオリティの高いオンリーワンの作品を作り上げることができます。
それぞれに強みと弱みや限界があります。
ここで、両者の得意な領域(土俵)を整理しますね。
大型インクジェットプリンターが得意な領域
- 平滑でフィルムやシートが貼れる壁面
*表面がザラザラしていたり複雑な形状や3次曲面は不可 - サイズがミリ単位まで正確に測定可能な規格品の壁面
*建築物は、図面と実測に違いがあるので要注意! - 壁の材質(素材感)をシートやフィルムで隠しても構わない壁面
- 一点もの作品性を問うものではなく、再現性、量産性を優先する案件
手描き壁画が得意な領域
- シートやフィルムの貼れない素材や3次曲面の壁面
- 水中や高温多湿などフィルムやシートで対応できない場所
- 壁面の材質(素材感)を生かしたい壁面
- 正確なサイズを測定不可能な巨大な建物
- 窓や障害物が多く現場で高いアドリブ性が求められる建物
- 作者の思いや熱、息づかいまで伝わってくる手描き感を求める案件
手描き壁画と大型インクジェットプリンターは補完関係
もともと手描きの壁画と大型インクジェットプリンターは競合するものではなく、手描きしかなかった時代から、手描きである必要がないものを大型インクジェットプリンターが代位してくれたと解釈した方が妥当だと考えます。
つまり、どちらが勝っているとか劣っているというのではなく、そもそも本来の得意領域が異なり、補完関係にあるものです。
まとめ
手描き壁画と大型インクジェットプリンターは、「アナログ」と「デジタル」とも言い換えることができます。
絵の存在感や特別性が求められる一点ものの案件では、属人性(プロ性)の高い「アナログ」をおすすめします。
同じビジュアルを正確に再現してたくさん複製する必要のある案件では、早くて正確で安価な「デジタル」をおすすめします。
それぞれの特性を知り、目的や用途、求める効果などの面から最適な手法を検討してください。
参考になりましたか?
最後に、安さや簡便さだけで決めるのではなく、目的に合っているかどうかが最も重要な判断基準であることをお忘れなく!