
「壁画を描く人」と聞けば、多くの人は画家やアーティストを思い浮かべるのではないでしょうか。
しかし、私は35年以上壁画の仕事に関わってきて、必ずしもそうではないと考えています。
むしろ、壁画を何のために描くのかによって、画家に依頼すべき場合と、画工に依頼すべき場合があるのです。
これは、どちらが優れているかという話ではありません。
そもそも、壁画に求める「目的」が違うのです。
壁画には、大きく2つのタイプがある
私は壁画を、大きく2つのタイプに分けて考えています。
ひとつは、アーティスト型の壁画です。
アーティスト本人の感性、個性、作風、世界観に価値があり、その表現力に期待して制作を任せる壁画です。
「この人に描いてもらいたい」
「このアーティストの世界観を、この壁に表現してほしい」
という場合はこちらです。
もうひとつは、デザイン型の壁画です。
こちらはアーティスト個人の表現を目的とするのではなく、あらかじめ設定された目的や戦略、デザインを忠実に空間へ再現することを重視します。
この場合に必要なのは、「画家」というよりも、私たちが呼んでいる画工=絵を描く高度な職人です。
ビッグアートには「画家」がいない
少し意外に思われるかもしれませんが、弊社ビッグアートには、基本的に「画家」はいません。
全員が「画工」です。
なぜなら、私たちにとって壁画を描くことそのものが目的ではないからです。
壁画が持つ視覚的なインパクトや、人の感情を動かす力を使って、建物や店舗、街、空間が抱えている問題を解決する。
それが、私たちの仕事だからです。
たとえば、
- 建物をアイキャッチャー化し、集客力を高める
- 建物をシンボル化し、ランドマークにする
- 店舗や施設の第一印象を変える
- 空間のポジショニングを変える
- 人の視線や流れを誘導する
- デッドスペースを「魅せる場所」に変える
- 建物の欠点を、逆にチャームポイントへ変える
- 何の変哲もなかった場所を「わざわざ行きたくなる場所」に変える
- その場所に眠っている潜在価値を見える化する
といったことです。
言い換えれば、私たちは壁画を「絵」としてではなく、空間を変えるマーケティングツールとして使ってきました。
私たちにとって壁画は「純粋アート」ではなく「応用アート」
ビッグアートは創業以来、壁画を企業や地域が抱える課題を解決するための手段として使ってきました。
そこで一貫していたテーマは、
「どうすれば、この空間の価値を高められるか」
ということです。
壁画から始まった私たちの仕事は、その後、
壁画
↓
特殊アート塗装やレリーフを含むウォールアート
↓
立体オブジェなどを含む空間アート
↓
人の感情や気分に働きかける空間演出デザイン
へと発展してきました。
そして現在、私たちはその考え方をさらに体系化し、
「感動空間マーケティング」
という理論と、
その理論を実装した「感動空間プロデュース」
という仕事へ発展させています。
その原点には、常に
「アートを使って課題を解決する」
という考え方があります。
つまり、私たちにとっての壁画は純粋アートというより、目的を達成するためにデザインされたアート=応用アートなのです。
アートとデザインでは「出発点」と「ゴール」が違う
ここが、アーティスト型の壁画とデザイン型の壁画を理解する上で非常に重要なポイントです。
アートとデザインは似ていますが、出発点とゴールが違います。
アートでは、作者自身の問題意識や感性、世界観が出発点になることがあります。
「私は何を表現したいのか」
「私はこれをどう感じているのか」
という問いから作品が生まれます。
一方、デザインでは、
「相手は何に困っているのか」
「誰に、どのように感じてもらいたいのか」
「どんな行動を起こしてもらいたいのか」
という問いから始まります。
私はアーティストではありません。
マーケッターであり、クリエイターです。
だから壁画を考えるときも、
「何を描きたいか」ではなく、「何を実現したいか」から考えます。
ここに大きな違いがあります。
壁画のデザインは、依頼主だけを見ていてはいけない
デザイン型の壁画で重要なのは、依頼者の要望をそのまま絵にすることでもありません。
その先にいる人を見る必要があります。
店舗なら来店客。
商業施設なら利用者。
会社なら社員や取引先。
観光地なら観光客。
街なら、その街を歩く人たちです。
つまり、
「依頼主が何を描いてほしいか」ではなく、「その壁を見る人に、どう感じてもらい、どう行動してもらいたいか」
まで考える必要があります。
そうすることで、
依頼者もその先の人も、WIN-WINの関係がつくれます。
これはマーケティングとまったく同じです。
これは、メーカー志向(売り手志向)と顧客志向(買い手志向)の違いに似ていると考えています。
つくる側から考えるのか。
使う側、見る側から逆算して考えるのか。
この違いは非常に大きいのです。
創業当初、画家との仕事で何度も失敗した
実は、私が最初から「画工」という考え方を持っていたわけではありません。
起業当初、私は壁画についてほとんど知識がありませんでした。
そこで、ベテランの画家やアーティストに制作をお願いしていました。
ところが、これがなかなかうまくいきませんでした。
私には、
「この色は、もう少し抑えたい」
「この部分は目立たせず、こちらへ視線を誘導したい」
「ここは遠くから見たときの印象を優先したい」
「この線には、こういう心理的な役割がある」
といった、マーケティング上、デザイン上の意図があります。
ところが、制作者側に
「自分ならこう描きたい」
「こちらのほうが作品としていい」
という意識が強いと、私が設計したデザイン意図が変わってしまうことがあります。
結果として私はストレスがたまり、何より依頼主に迷惑をかけてしまいました。
そこで創業から半年ほどで方針を転換しました。
経験豊富な画家に依存するのではなく、新人の絵描きを自分たちの考え方に合わせて育成し、制作を自前化することにしたのです。
それ以降、弊社では壁画の制作スタッフを「画家」ではなく「画工」と位置づけています。
画工に求めるのは「個性」より「再現性」
アーティストにとっては、個性は非常に大きな価値です。
「あの人にしか描けない」
という属人性こそが魅力になる世界です。
しかし、デザイン型の壁画では事情が変わります。
画工に求められるのは、
誰が描いても、狙った品質を再現できる技術力
です。
写実画。
イラスト。
風景。
グラフィック。
アンティーク表現。
抽象表現。
だまし絵。
文字。
装飾。
案件によって求められる表現は毎回違います。
「私はこの画風しか描きません」では困ります。
プロの画工には、
「どんな表現でも、設計されたイメージを高い精度で再現する」
という能力が求められます。
設計図通りに建物をつくる施工技術者に近いかもしれません。
人の心理を動かすのは、目立つ部分だけではない
私が空間演出デザインで特に重視しているのは、人間の心理です。
人は必ずしも、「ここに赤があるから右を見る」「この線があるから奥へ進む」と意識して行動しているわけではありません。
視線の流れ。
色の強弱。
形の方向性。
明暗。
遠近感。
余白。
スケール感。
視認距離。
周囲の景観との対比。
そうした細かな要素が複雑に重なり、人は無意識のうちに
「気になる」
「近づいてみたい」
「楽しそう」
「入りやすそう」
「写真を撮りたい」
と感じます。
したがって、私の現場では、ときに普通の人には違いが分からないほど細かな修正をスタッフに求めます。
わずかな色。
線。
陰影。
位置。
形。
しかし、そのわずかな違いが空間全体の印象を変えることがあります。
そのため、
私は描き手側の視点ではなく、一般客(見る側の人)になって
その絵が醸し出す空間がどう見えるか、どう感じるかという
私自身の肌感覚(五感)を信じて指示を出します。
そうした厳しい要求に応えてくれる画工たちは、私にとって非常に重要な存在です。
大型壁画では「一人の名人」より「強いチーム」が必要になる
もうひとつ、デザイン型壁画で画工が重要になる理由があります。
それは、大きな現場ほど一人では描けないということです。
現実の壁画制作では、大規模な壁面や短い工期に対応するため、3人、5人、ときには10人規模のチームを組むことがあります。
ここで問題になるのが、描く人による技術差や描き癖です。
一人ひとりが自分のタッチで描けば、ひとつの壁画の中に複数の画風が混在してしまいます。
それでは、作品としての完成度が落ちます。
私たちが目指すのは、
10人で描いても、一人で描いたように見える壁画
です。
そのためには、個人技だけでは足りません。
共通の基準。
情報共有。
役割分担。
互いのフォロー。
品質管理。
そして、チームワークが必要です。
壁画の現場は、サッカーやバレーボールに似ている
私は以前から、壁画の大規模現場はスポーツのチーム競技によく似ていると感じています。
現場では、互いに声を掛け合います。
誰かが手こずっていたり迷っていたらすぐにフォローに入る。
全員が全体を見ながら、補完し合う。
自分の担当だけがきれいに仕上がればいいわけではありません。
ゴールは、
チーム全員で、ひとつの空間を完成させること
だからです。
まさに、
One for All. All for One.
です。
「自分の作品をつくりたい」という意識よりも、
「チームで最高の空間をつくりたい」
というマインドセットのほうが重要になります。
では、画家と画工はどう使い分ければいいのか?
結論はシンプルです。
壁画を依頼する前に、
「何のために壁画を描くのか」
を明確にすることです。
アーティストそのものに価値があり、
「この人の作品をこの場所に残したい」
「作家の世界観そのものを楽しみたい」
のであれば、画家・アーティスト型が向いています。
一方で、
「集客したい」
「建物の印象を変えたい」
「ブランドイメージを伝えたい」
「人の流れを変えたい」
「空間の欠点を魅力に変えたい」
「デッドスペースを活用したい」
「地域のシンボルをつくりたい」
といった明確な課題や目的があるなら、デザイン型の壁画が向いています。
その場合には、アーティストの知名度や作風だけで依頼先を選ぶのではなく、
マーケティング、デザイン、設計、制作、施工まで一貫して考えてもらえるか
という視点で選ぶ必要があります。
「誰が描くか」より先に「何のために描くか」を考える
壁画というと、どうしても
「上手な絵を描ける人を探そう」
という発想になりがちです。
しかし、私は順序が逆だと考えています。
最初に考えるべきなのは、
「誰に描いてもらうか」ではありません。
「この壁画によって何を実現したいのか」
です。
目的が決まれば、おのずと必要な人材も変わります。
作家の表現を求めるなら、画家。
戦略的に設計された空間をつくるなら、画工。
そして、課題そのものから整理する必要があるなら、その上流にはマーケッターやデザイナーが必要になります。
壁画は、ただ壁に絵を描く仕事ではありません。
使い方次第では、
人の感情を変え、行動を変え、空間の価値を変える装置
になります。
だからこそ私は35年間、壁画を「描く仕事」としてではなく、
「空間の課題を解決する仕事」
として追究してきました。
そして、その延長線上にあるのが、私たちが現在取り組んでいる
「感動空間マーケティング」と「感動空間プロデュース」
なのです。
感動空間プロデューサー 奥村 昇
有限会社ビッグアート

